Guitarplay days

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ギタープレイな日々(25)

例によってAmazonでした買い物リスト。ちょっと買いすぎな気がしないでもない。

2005/6/10

ギタープレイな日々(24)

良くない傾向なのだろう、とは自分でも思うのだが、取り立てて必要の無い小物を買い集めるようになってしまった。ピックとかピックとかピックとかを。

ハッキリ言ってピックなんてそうそう簡単に壊れるものではない。それは金属製になれば尚更で、丁寧に使いさえすればそれこそ死ぬまで持つんじゃないかとすら思える。それを三枚も買ってしまった。一枚だけ買ったのでは何となく送料が勿体ない。二枚では無くしたりあげたりした時に予備がない。で、三枚。

一枚で三つの硬さと言うのは中々面白いが、そもそも人前でプレイする機会があるでなし、もたつきながらピックを交換しても全然問題がないことに気がついたのは実際に使ってみてしばらくしてからだった。近頃たまに自分が心配になる。

2005/5/30

ギタープレイな日々(23)

随分と久しぶりにエミネムだとかグッドシャーロッドなんかを聴いたりした。持っているCDもだいぶ増えたからむかし買ったCDを聴きかえす機会もいくらか減った。懐かしいという感覚が新鮮。というのはちょっと笑える話だ。

むかしよく聴いた音楽を聴くとふとその時にしていたことを思い出したりする。私にはパンクにはまっていた時期があってオフスプリングとかバットレリジョンを聴くとその時のことを結構ハッキリと思い出す。当時は今ほどCDを何枚も持っていなかったから繰り返し同じCDを聴いていた。だから他より強く覚えているのだと思う。何を思い出すのかと言うとこのゲームのことだ。

今にして、それってどうなの、と思う。

2005/5/30

ギタープレイな日々(22)

例によってAmazonでした買い物リスト。

2005/5/19

ギタープレイな日々(21)

さっそく弦を購入に楽器店へ。普通に考えれば太い弦よりは細い弦の方が切れ易い。また人によっては過度に力が入ってしまう弦もあるだろう。だから、弦は当然のようにばら売りもしているものと思っていた。しかし陳列棚を見やると全てセット売り。瞬間「市場独占」「価格吊り上げ」の二つの単語が脳裏に浮かび悪代官と越後屋のホクホク顔が障子からうっすら見える向こう側で吉幾三の「俺ら東京さ行くだ」がパワープレイでガンガンに流れたりしたが、それはまた別の話。

辛うじて一弦だけはばら売りされていたが、ごめん、一弦足りてる。しょうがないので限界まで安っぽいストリングワインダー(315円)と、件の「外人がhahahahahahaとか笑いながらこさえた弦(840円)」それと「ESP」なるブランドの弦を購入。630円。買った時は気が付かなかったが、どうも日本のブランドのようでサイトもあるようなので覗いてみたが、普通の企業のようだった。どうせならスプーン曲げの方法くらい載せておいて欲しい物である。(参考)

帰宅後、今度は放置することなく弦の張り替えに取り掛かり、十分程度で無事全部の弦を張り替えることができた。弘法筆を選ばずとは言うが、弦の無いギターで音楽を奏でるのは、毛の無い筆で字を書くようなものである。これでやっと普通に練習ができる。

(後日ここの人にこの話をした所、4セットで500円の弦買ったよ、と言う話を聞かされてちょっと本気で、その4セットが実はウクレレ用だったとかあるいはブッツブツ切れてくんねぇかなぁとか思ったりしたが、それはまた別の話)

2005/5/13

ギタープレイな日々(20)

ものの本に従えばおおよそ一月に一度程度はギターの弦を張り替えた方がいいらしい。今のギターを買ったのは二月の中ごろだったから、買ってから大体三ヶ月ほどになる。曰く音がモコモコだかモニョモニョしてくるらしいが、正直よく分からない。まぁそれは実際に張り替えてみればすぐに分かる。

と言うことで近所の楽器屋に赴く。弦の太さには色々とあるのだが、とりあえず一番一般的な009〜042までのものを購入。840円。もちろんMADE IN USAである。エレキと言えばロック、ロックと言えばアメリカである。ここでステイツ以外の弦を選ぶ奴はファッションパンクである。Fuck!!(参考)

余談だが、お釣りを受け取る時に手を握られた経験のある人と言うのはどれぐらいいるのだろうか。話に聞いたことはあったものの二十何年も生きて来てこの時初めて手を握られてしまった。この時に相手がオッサンとかオバハンとかであれば舌打ちして睨み付けるのが正しいパンクのあり方であるが(参考)、普通のお姉さんっぽかったので「僥倖」と思うだけにしておいた。

家に帰ってさっそく三日ぐらい放置してから弦の張り替えに取り掛かる。当然、現在張ってある弦を外さなければならないのだが、これが大変面倒くさい。世の中にストリングワインダーというお手軽にペグを回せる道具があるのは知っていたが、何でそういう道具が存在するのか納得。それとペンチかニッパーは必須。多分、真のパンクロッカーとかには不要だと思うのだけど、私はファッションパンクなので100円のラジオペンチを使用。(参考)

で、弦を張り替えていく訳なのですが、どうもちょっとスパルタンな引っ張り方をしたらしく、買ったばかりのピッカピカの弦はパキーンと高い高い音を立てて断裂し右の手の平をしたたか痛打。しかも続けざまに三本。何である、この楽器いつから三味線になった。張って見ると分かるのだが、ギターの弦というのはかなり高いテンションで張ってあるもので当たり前だが、高いテンションから断裂した弦はその直前のテンションが高ければ高い程大きな破壊力を生むことになる。つまりかなり痛い。四弦(三番目に太い)でアレだけ痛いのだから六弦(一番太い)なんてことなると肉が抉れるんじゃないか。やっぱり外人がhahahahahahaとか笑いながらこさえた弦ではダメである。ファッションパンクでもいいので次は丈夫そうな奴を購入しようと思う。(参考)

どうでもいいが、いや、良くないが、ギターの弦も只ではない。一本で百五十円くらいはするのである。パキン、パキン、切りまくってても笑える値段ではない。三本も切れば吉野家で飯が食える。いつまでも三本だけ張った状態にしておく訳にも行かないから、また買いに行かなければならないが、今度は不足の事態に備えて切れた三本と六本のセットが二組は欲しい。それでおおよそ二千円程度になる。それに今回の失敗分の金額を加えるとなんやかんやで三千円である。もうそろそろ同じギターがもう一本買えるではないか。段々勘定が合わなくなってきた。

2005/5/12

ギタープレイな日々(19)

ホームビデオというものがある。主に若い夫婦とかが我が子を対象に撮影するアレである。大抵、あー、だとか、うーだとかのたくってる猿のちょっと下が永遠這いずり回る内容の、アレである。余談だが、ガキは大嫌いだ。シナプスの焼ききれて死ぬ音が聞こえる稀有な映像資料ではあるもののアレが楽しいのは廃人と親だけである。つまり何がいいたいかと言うと今のギタープレイな日々にはあー、だとか、うーだとかのたくってる猿のちょっと下が永遠這いずり回る内容の練習風景しか、存在しないということである。これを眺めて楽しいのは廃人と私と同じぐらいの初心者だけである。いつまでたってもFから音が聞こえない。あー、うー。

2005/5/12

ギタープレイな日々(18)

家具を買いに出かけてピックとCDを買って帰った。いつの間に増えたのか、今や県内どこにでもブックオフがある。もちろん家具を買わずに帰った訳ではなかったが、家具よりはCDを買っている方が楽しい。ちなみに買った家具はCDラックだ。

ブックオフでCDを買う。それはつまり叩き売りしてるCDを叩き買う。と言うことである。仮に千円あればAmazonで新品が一枚買える。ブックオフで普通の値段のCDを買う理由はない。

時に、人間勘違いというものがある。私のように不出来であればそれは尚更である。つまりスコーピオン・キングのサントラは二枚あり、片やこのような豪華な面々の映画と切り離しても全然OKなサントラと、もう片方は名前も知らないオッサンの映画用音楽と言う想像を絶する落差がある二つのCDのババの方(聴いてないけどババ認定)を選んで、しかもそれに¥750も払ってしまったりする、と言う悲劇的勘違いが生まれたりする訳である。そもそも私はスコーピオン・キングを観たことすらない

頭に来たのでブッ壊れていたブラーのCDケースとケースを入れ替えてやった。「やった」という表現に私の人間的小ささがよく現れていると思う。

2005/5/2

ギタープレイな日々(17)

弘法筆を択ばず。そんな諺も、そういえばあった。これは上手い人は道具を選ばないという意味だったと思うが、つまり逆を言えば「下手は道具を選べ」という意味ではないのか。それは誤用である。そんな言葉も聞こえそうである。しかし、諺が必ずしも正しく解釈されないのは世の習いである。ハムラビ法典なんかいい例である。「目には目を歯には歯を」と言うのはやられたらやり返せという意味ではない。害された以上に害してはならない、という意味である。

例えば、スーパーでスライスられた肉を見てもそれが動いていた時間を想像しないように、ギターをどうすれば音がでるのか、私はそれを想像したことがなかったんだと気が付いた。自分で触ってみて始めて、これが同じ楽器かと思う。

そういう順序で最初の諺を思い出したのである。そうこれは、道具のせいではないのか? と。仮に同じ物で無いのなら同じ音が出る訳がない。まして道具的だけではなく技術的にもくらぶべくもないのだ。

と言うような自己欺瞞を展開しつつ本を読んでいる。とりあえず自尊心が傷つくのが少しは和らぐ気がする。所謂ギタリストはそもそも体組成からして違うんじゃなかろうか、そんな疑惑が浮かんでは消え、頭を離れない。

2005/4/27

ギタープレイな日々(16)

久しぶりにPCを立ち上げてAmazonに繋いでみると、その内買おうと思ってカートに突っ込んでたCDが軒並み倍の値段になっていた。その枚数実に五枚。値段も華麗に五千から一万へ。Amazonは他人のカート覗いて値段決めてんじゃネェか。と思わないでもない。

2005/4/27

ギタープレイな日々(15)

適性、ふとそんな言葉を思い出す。機械として見るとスゲェ面白いけど楽器として見ると途端に理解が及ばなくなる。ギターってスゲェぜ。電気製品としてのギターの理解はどんどん進む一方で楽器としてのギターはいかにも遅々として進歩なし。発想が「とりあえず鳴らしてみよう」とかいう方向へは微塵も向かない辺り性格適性は過度に低いような気がする。

今よりずっと世界が混沌に近かった頃、子供だった私は伯父に独楽を買ってもらったことがあった。それは紐をかけて回す少し本格的な奴で、私は独楽らしい独楽で遊んだことが無かったからどうしたものか分からなかった。従兄弟は分からないながらも直ぐに色々試して居たが、私は紐をどちらからかけるのかとか、どう引いたらいいのかとかそんなことをブツブツ考えていた。しばらく考えて(当時は今よりずっと馬鹿だったから独楽の回し方を理解するのにも結構手間がかかった)居ると伯父に「お前は理屈っぽい」と言われて少年ながらに「俺って理屈っぽいんだ」と思ったものである。かような塩梅であるからいかにも牛歩の歩みである。

2005/4/27

ギタープレイな日々(14)

多分二日前、BSでゴールドディスク大賞をやっていたので眺めていると波田陽区が、確か新人賞だか何だかを受賞していた。どこにつっこんだもんか、そう思いながら見ていると何と波田陽区、ネタをやるらしい。見ているとそのネタがいかにも傑作で、案外賢い男なのかもしれないと思った。内容は「ボクなんかでもゴールドディスク取れちゃいますからー!!」 とかそんな感じ。分かっていて言った嫌味だとしたらこれは実に核心を突いた嫌味である。

そういえばオリコンで一位を取った時もどこまで本気かはともかく「この国は狂ってる」とかそういうニュアンスのコメントをしていたような気がする。確かに芸人が出した ネタのCDがチャートで一位になってその年の新人賞に輝く、そんなミラクルが起こるチャートはそう無いだろう。まさしく奇跡神の御業と言っても良いかも知れない。だれぞバチカンに奇跡を認定する旨、嘆願してみたらいいんじゃないか。等と、わざわざ肯定的な単語を使って否定的な文脈を作ってみるくらいの価値は十二分にある。

ゴールドディスクの主催がどこかは知らないが、白痴もあそこまで行けば立派なものである。波田陽区に正面切ってコケにされて、会場含めてみんなで大笑いしているのだから世話は無い。もはやそれ自体がギャグとして成立している。私としては真面目に音楽をやっている将来有望な人間が世を儚んで首を括ってやしないか、それだけが心配である。

2005/3/13

ギタープレイな日々(13)

2005/3/9

ギタープレイな日々(12)

サンボマスターというバンドがある。日本のバンドで、確かミュージックステーションにも出ていたからそこそこ有名なのだと思う。詳しくは知らない。ちなみにメンバーが実際にマスタ−してるのかは疑問ではあるもののサンボというのはロシアの格闘技のこと。

ギターでボーカル。普通そう言われて思い浮かぶのは格好のいいイメージだろうと思う。違う向きもあろうが、そんなん知らん。そのまぁ大体の人に当てはまるだろう法則をものの見事に打ち破るのが上記のサンボマスターである。ゴーイングアンダーグラウンドとかもそうだが、ギターでボーカルのイメージを右斜め上にカッ飛ばすビジュアルで、まぁ実際のところはグーグル辺りで画像検索してもらうといいと思うのだが、まぁなんつーか、「アレ?」とか思う感じなわけである。

回りくどいのはいつものことなので今更ながらに要約すると「久しぶりに体重計にのったらアレなことになってた」ということであり、上記の「アレ?」な感じの人たちに自己像がオーバーラップしかけたということである。つまり今の私の体重は過去の自分をダブルスコアで引き離し未来の自分を地獄に叩き落す超絶キログラムであって、これは憂慮すべき事態である。

過去にも同じようなことは何回か書いてきて、そのつどうやむやになってきた経緯はあるものの今回は今までとはマジ度が違う。私の行動は迅速だった。即座にバンドルされていたペイントアプリを立ち上げて以下の三行を抉るように打ち込み、そしてそれを壁紙にした。真っ白な画面の左斜め下にデカデカと。

ボクは哀れなブタだ。ガツガツ貪るように食ってブクブクと醜く肥える。晩飯のトンカツは哀れなボクの親類だ。

これでパソコンを立ち上げるたびに思い出して鼓舞する仕組みである。ただ副作用として著しく自尊心が傷つくが、まあ多少の犠牲はやむをえない。

2005/3/5

ギタープレイな日々(11)

それが最近の風潮なのか、日本人的な気質によるものなのか。曰く「君は独りじゃない」だとかあるいは「君は何もしなくて特別なんだよ」的な「世界に一つだけの花」のような総花的で相田みつを的な、チープな自己肯定ものの曲が近頃多くなった。と言うか、「近頃〜」何ていうアホっぽい言い回しを使わないで言うと、カレー食いながらミュージックフェア21見てたらさだまさしと平原綾香がそんな歌を歌ってて最高に飯が不味くなった。グッジョブ。

アホっぽい言い回しを避けると安っぽくなるなぁ。まぁようは私憤である。個人的正義に勝る大儀は無い。

個性を標榜したり風変わりであることを主張したがる奴ほどとりたてて語るほどのものを持っていない奴であるのは世の習いだが、ああいうのはハッキリ言ってやらないから良くない訳であって、大抵は徒花、ろくに咲きゃあしない。そう言ってあげた方がいいのではないか。何にせよ事実とは異なった価値観を植えつけるのはよろしくない。教育、特に歴史教育なんかは事実に忠実にとどこもかしこも言うではないか。

アイデンティティを外的に担保したい表れだと思うのだけど、それがそもそも間違ってるわけであって、内在を担保なんかできやしないし、プールもできない。そもそも固有であることに価値なんかないのであるが、とりあえず飯を食いながらそういう曲を聴くと大変に胃がもたれるので何とかして欲しいものである。あぁいや、しかし、聴くだけでお腹一杯になれるのだからひもじい時には重宝するかも知れない。

2005/3/5

ギタープレイな日々(10)

体力低下が著しいという話はこの間書いた。このままでは本当に箸以上のものを持てなくなりそうなので、アイソメトリクスをはじめることにした。平たく言うと空気椅子である。中腰の姿勢で両手を突き出すというジャッキー・チェンもやっていた、アレである。洒落でやってみたら一分と持たなかったのでとりあえずは五分程度を目標に、上手く行けばゆくゆくは酔拳も覚えられるかも知れない。・・・ギターは?

2005/2/25

ギタープレイな日々(9)

帰宅と同時に早速チューニングを試みる。勿論、チューナーで。卑猥な言葉を呟きつつシールドケーブルをチューナーに挿入。福山雅治なら許されるけどそれ以外だったら磔になるような猥語を思いつくさ、どうでもいいけどこの手の冗談、どこまで本気に解釈されているんだろうか。嘘ですよ、嘘。

で、バシバシ弾いみる。しかしチューナーに反応なし。電源は入っているのだが、反応が無い。2〜3分悩んだ末、ギターのボリュームコントローラーが最小になっていることに気付いた。驚愕。本当に「お前がギター弾くより犬にフラダンス覚えさせる方が楽」なのかも知れない。程なくチューニングが済んだ。チューナー万歳!!

さぁこれで後は弾くだけである。ギター的には。私的にはコードを覚えて英語を覚えて楽譜の読み方覚えてでまぁ問題の山済みである、しかしうずたかいことおびただしい。母親にそんな話をしたら正気かお前、と言う顔をされてしまった。概ね正しい反応だが、釈然とはしない。五線譜の読み方は小学校で習ったろう、と言われたが件の話の通りそもそも授業に出ていないのだからそもそもやっていたのかどうかも私には分からない。でも、普通そこまで教えないと思うのだが。もしかして五線譜って読めないのは私だけですか?

2005/2/24

ギタープレイな日々(8)

品々をレジまで運びながらふと気が付いた。チューナーが2500円、スコアが2800円である。これ買ったらギターの値段の50%超えるんじゃねぇか。というか、アンプとセットで一万である。値段の割合が単純に50対50だったらもう一本買えるじゃねぇか。

あ、何か釈然としない。等と思いつつもレジへ。自分で探した範囲では音叉が見つけられなかったので店員に聞いてみたらさっき見たはずの所から音叉を持ってきてくれた。あぁそんなところに。500円。これでギターorアンプだけなら間違いなくもう一個購入できる金額になってしまった。ものの価値の不思議を見た気がする。

安い買い物ではあるが、一応チューナーの性能についても質問してみた。2500円のものを買う予定ではあったが、安物ではちゃんとチューニングできない等という地雷が無いとも限らない。その人の話では高い物では何十万というのもあるが、あんまり関係ないらしい。その人も私が買った奴と同じのを使っていて今三代目なんだそうである。壊れ易いらしい。これは家へ帰ってから箱を開けて納得した。チープそれに尽きる。

レジを通す際に「ニルヴァーナやるんですか」と聞かれたので、やってみたいなと思って、と大変素直で痛々しい返事をしてしまった。たまたまネットで一万のギター見つけて、と言うような話をすると、あぁという顔をしていた。そういう手合いが多いのであろう。無論、私を含めて。何か愛想のいいニイチャンであった、と言うかこのクソ田舎で他人の口からニルヴァーナなんて単語が聞ける日が来るとは。一応CD屋はあってもジャガイモみたいな男子高校生とか顔は良くても訛っていて何を言ってるか判然としない女子高生しか居ないようなそんな場所である。一体誰が洋楽を消費しているのか不思議だったが、なるほどこういう人がちゃんと居たのか。本気でそう思った。

2005/2/24

ギタープレイな日々(7)

隣のAUショップには入ったことがあったが、そのヤマハの楽器屋に入るのは今回が初めてだった。店内は清潔な感じで大変居づらかった。客は私だけのようだった。当たり前だけどギターとかが色々置いてある。入って直ぐ左手に15本くらいか。左手奥が本棚で右奥にレジ、直ぐ右にはテーブルと椅子が置いてあってオッサンが何事か話していた。看板にはレコーディングスタジオもあるよ、みたいなことが書いてあったようにも思うが、咎められそうな気がしたので奥には行かなかった。ギターが色々と当たり前のことを書いたのは果たしてこの田舎でもってその需要があるのかと思ったからである。楽器屋はここしかないのである。潰れられたら困る。

ギターが引っ掛けてある反対側にピックとかペグ(一番上についててキリキリ回す奴)とか小物類が置いてあって、その中にチューナーも一緒にぶら下がっていた。2500円。チューナーというのは名前そのもので様はギターからのコードをブッ刺して弦を弾くだけであら不思議チューニングできる優れものである。人はそうやって堕落するんだろうなとそう思う。斜めドラム洗濯機のCMで「お洗濯が楽に」とか言っていたが、全自動になった上にさらに楽になって、でどうするのか。そもそも楽になる必要があるのか。なってじゃあどうするのか。楽になること自体はいいとして無策にそういうことを看過していいのか。余った時間でワイドショウを見ながらせんべいを齧る、それがジャパニーズライフスタイルか。

脱線したので話を戻す。分水嶺、そんな言葉が脳裏に浮かばないでもないが、まぁ最初だしと言うことで購入。本棚を見てみると洋楽のスコアも結構ある。思い出せる範囲では、グリーンデイ、エアロスミス、エリック・クラプトン、メタリカ、マリリンマンソン、オアシス、等々、ビッグネームだけならそこそこ充実してると言える数あった。勿論、この田舎にしては、と注釈が付くが。これで175ライダーの楽譜を買って帰ったりすると結構面白いギャグになるかもしれない。

近頃好きなアーティストであればレディオヘッド、ファットボーイスリム、ステレオグラム、キーン、スティルズ、等だがどれもこれも一人でやっては寂しいことこの上ない。それにサンプリングで作った曲だったりするとそもそも人の手では弾けない可能性がある。好きなアーティストでギターが前に出ていて曲が簡単そう。というのが選ぶにあたって重要な点になる。五分ぐらい迷った挙句、ニルヴァーナを選択。曲の難易度は今の自分には測定不能だったので加味してません。インユーテロとかブリーチとか色々あったものネヴァーマインドを選択。でも、今にして思うとベストの方が良かった気もする。2800円。

2005/2/24

ギタープレイな日々(6)

近所の電気屋で手に入るものなのかは分からなかったが、音叉もないしチューナーもないしと言うことで町の電気屋及び楽器屋へ。

ソケットはさも当たり前のように棚に並んでいた(当たり前です)。防ノイズのものとそうでないものがあって、普通のものが250円程度で防ノイズのものが750円くらいだった。たまたま近くに店員が居たので違うのか聞いてみると大変よそよそしい「いやぁどうなんですかねぇはは」的空気が流れた。と言うかおばちゃんに聞くなよ俺。結局まぁ500円ならいいかと防ノイズの方を購入。ふ、太っ腹だ(比喩表現ではない)。

で、その足でそのまま楽器屋へ。と言っても町にそれらしい楽器屋はヤマハの系列の楽器屋が一つあるだけである。まだ建ってから日が浅く作りも綺麗な建物だ。ついこの間映画の撮影にも使われたらしい。誰が来たかとか看板が立ててあったが、これを書くとダイレクトに場所が割れるので割愛。

2005/2/24

ギタープレイな日々(5)

音叉も無くて、俺は一体どうやってチューニングするつもりだったんだろう。相対音感からしてあやしいのにいい根性である。これが他人のやったことだったらきっと最高の笑顔で「お前がギター弾くより犬にフラダンス覚えさせる方が楽」とか言うのだろう。自分で自分の胸を抉ってどうするか。

アンプの包装を剥ぎながらまず思ったことはこのアンプからはどんな音がするんだろう、等ということでは勿論なく「部屋の掃除が先か」ということだった。私の部屋は類型的な所謂「男の部屋」で、まぁ平たく言うと雑然とイコールである。

んで、まぁ掃除機かけたり箒をかけたり埃と格闘してゴホゴホガガギギゴグゲガガゴゴホとか咳しつつ終いには肺がダメになるなぁとか思いつつ掃除。で、まぁ「積もってる」状態を回復して、さぁアンプに電源を、とここまで来ておかしいことに気付いた。アンプのコンセント三叉じゃん。当たり前だが変換ソケットがたっぷり買い置きしてあったりは勿論しない。と言うかそもそも変換ソケットで簡単に変換できるのか。教本に全く日本語に対する配慮が無かった辺りから恐ろしい想像が膨らんだりしぼんだりした。変圧コンバータとか必要だったりしないよな。何かコンバータってスゲェ高そうだなぁ等と思いつつ同じく三叉だったCRTのソケットで代替できるかをチェック。とりあえずOKっぽかったのでコンバータは要らないっぽいことが判明。

2005/2/24

ギタープレイな日々(4)

一つ思い出したことがある。私は小学校時代音楽の授業が大嫌いで授業の度に必ずお腹が痛くなって居た。勿論、嫌過ぎて神経性の、等ということではない。思うに音程を間違えた友人を物笑いの種にするのは好きだが、されるのは大嫌いだったこととかが関係しているのだろう。昔から気位だけは高かったものである。

曲を聴いて音が合ってるか外れてるかは、大体分かる。しかし、音階がさっぱり分からない。どっちに行くと高くなるんですか、とかそんな塩梅である。よくありがちな「英語アレルギー」とか「機械アレルギー」は全く無いが、やっぱり人間向き不向きがあるのかも知れない。私は硬くて触れるものが好きで抽象的で形のないものは苦手である。唯物論者的には金の力でなんとかしたいところ。ポケモンみたいにレベル上げ屋とかありませんかね。

2005/2/24

ギタープレイな日々(3)

苦虫を噛み潰したような顔は私の得意な顔の一つだが、それは露骨な当て擦りでするからいいのであって実際に口に苦虫を放り込まれるのが好きな訳ではない。何が苦虫かと言うと他人を馬鹿にできなくなったことである。まずオレンジレンジを馬鹿に出来なくなったし、「GRAYのドラムいいよねー」とか言う当て擦りも自分の現状を見るにあまりに痛い(注:グレイにドラムは居ません)。確実にGRAYメンバーに勝ってることと言えば体重くらいか。そんなことで勝ってどうする。

知ってるよ、そんな向きが大半だろうが、私は強硬な選民主義者であり、馬鹿はさっさと死ねと思ってる。石を投げられるよりは石を投げる側の方がいい。常に体制側に居たいし権威的であることには並々ならない関心がある。睥睨とか聞くとゾクゾクする。

私は平和主義者だがアンチ暴力ではない、これイコールで思っている人がよく居るがイコールではない。然るに、音楽的ヒエラルキーに置いて蛆虫よろしく地を這う現状は精神衛生上大変よろしくない。有能な人間なら仕方がない、ただ馬鹿には負けたくない。アイデンティティークライシスしない程度には頑張らなければならない。諸兄に居たっては「ギター何か弾けなくたって死にゃあしねぇよ」的な開き直りを私が展開しようとした時にBBS辺りで口汚く罵って(みんな得意だろ、そういうの)くれると人間不信のかわりにやる気とかが出ていいんじゃないかと思います。頼むぜ、ブラザー。衆人環視の目がないととてもじゃないけど頑張れません。

2005/2/24

ギタープレイな日々(2)

何が分からないかが分からない。とりあえずチューニングでも、と思うが教本の英語を見て軽く発狂。英語、ドイツ語、フランス語、そこまではいい。Espanolってどこだよ。調べたら、中部アメリカ、西インド諸島の島らしい。ごめん全然わかんない。カタカナで発音するとイスパニョーラで旧称ハイチだそうだ。ハイチ、あぁ何か聞いたことはあるかも知れない。GDP世界二位よりハイチが大事か。

と思ってペラペラページをめくると6ページ目で英語部分が終了、早々フランス語の解説に移っていた。薄ッ。そもそもこれを少なからず当てにしていたのが間違いだった。となると、であるが、そもそも「置物になっても構わない」と言う理由で一万のセットを買った訳であるから高い教本であるとかを購入するのは論外である。良さげなサイトを探す必要がありそうである。あぁそれとギターは意外に小さかった。それと重い。凄く重い。非力な私には案外最後の足かせになるかも知れない。

2005/2/23

ギタープレイな日々(1)

最初に包装類を全部剥がすだけでも体力消費が著しい。もはや体力低下が否めないとかいうレベルではない。ギターを弾く前に体力を付けなければ、しかしその前に英語も覚えなくてはならない(教本が読めないからと言うより洋楽がしたいから)。冗談じゃなく「神は試練をお与えになった」気がしてくる。

とりあえずアンプの説明書は日本語だったのでそれを読む。ギタープレイの足しにはならないことだけを学習。それはともかくアンプの底にシリカゲルがあるのはCIAの陰謀か?普通に考えれば湿気に弱いということだろうが、それはまずい。部屋は大して湿ってないが、今は私が大いに湿っぽい。

2005/2/22

聞け。神は試練をお与えになった!!

注文したギターが届いたんですが、えーと、教本って英語しかないんですか?お前はギターの前に英語を覚えろということか。明言したことは無かった様に思うからもしかしたら意外に思う人も居るかも知れないが、私は日本人である。もちろん第一言語も日本語である。もっとも第一などと言ったところで第二がある訳では、勿論ない。従って外国語は陳腐な精神論(気合と根性)で克服することになっている。手持ちがそれしかないからだ。

と言うことで、【cult】初のシリーズものでもやろうかと思う。その名も「ギタープレイな日々」である。安直。基本的には挫けそうになったり挫けそうになったり挫けそうになったりする様を日記形式で愚痴ったりする訳であるが、しばらくは「英語がわかんねぇ」とか愚痴りまくるというギターからは三万光年くらい距離の開いた内容の日記になりそうな予感。

なんだ、それ。

2005/2/21

気が付いたら ギター注文してました。すげー疲れた。

2005/2/18

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