科学と宗教と哲学と
不覚にも一瞬ハッとしてしまった。もちろん矛盾についてではない。天皇って神だったんだ、という部分に、である。思い出せばそんなことを聞いたこともあったような気もするが、まさかそれを本気でそう考える人がいるのか、という意味でもハッとした。
私は天皇も天皇家も普通の人間だと思っているが、仮に神であるにせよ、人と同じように考え、人と同じように口をきき、人と交わることができるのであればそれは機能的にはほとんど人と言っていい。これはA=BであるならB=Aで、つまり両方Aだと言えるというのによく似ている。そもそも(政治は別として)区別する必要がない。それに区別する手段もない。何か神パワー的なもの(発光とか放電とか)を発揮してくれるなら別だけれども。
それに昭和天皇がダーウィニストでも特に矛盾はない。そもそも本人が自分は現人神と思っていたのか疑問はあるが(今昔、洋の東西を問わず自分は神と思うのは馬鹿か病気の人だけ)、他の方も指摘されているように天皇が神であったとしても、人間がサルから進化したことを否定することになるわけではない。そもそも系統発生が違うと考えればそれまでであるし、あるいはそもそも神の規定が西欧諸国とは違うという言い方もできる。日本の神さまはインテリジェントデザイン(ID)はしてくれないし、排他的でもない。
文章中に引用で「進化論は科学のはずである。人々はそれを科学だから信じたのであろうか。」とあるが、そもそもむかしの人がどのくらい本気で(つまり軋轢の対象になるほどに)天皇は神と思っていたかっていうと(実際に生きてた時代じゃないから断言はしないけど)ちょっと微妙じゃないかと思う。どっちでもいい、あるいはしったこっちゃない、とかそんなものだったのじゃあないかと個人的には思う。なぜなら天皇は神というのは信仰というより政治的なものだったのではないか、と思うからである。私の実家には天照大神と書いてある掛け軸はあるが、天皇どうたらいう掛け軸はない。豊饒の神とか商売の神さまであれば拝めばご利益があるかもしれないが、天皇を拝めば何かあると聞いたことはない。その意味で天皇に対する(本気で神だと思っていたとすれば)ぞんざいな扱いはかなり昔からある訳で、天皇的ファンダメンタリストはダーウィニズムを否定しなければならない、といわれてもキョトンとしてしまうのじゃないか。
それと日本にキリスト教が根付かなかったのは(完全に憶測だけど)侵略宗教的な部分があったということと、キリスト教的な救済を必要としない程度には満ち足りて居た、とういことなんじゃないかと思う。日本という国は自然資源が比較的豊かだし(例えばどこにでも雑草がある)江戸時代からこっち全国的に破滅的な状態が訪れたこともない。
上とは直接的には関係が無いが、仮に世界の法則を決めたのが神であるとするならば些か迂遠ではあるが、人、引いては全ての生命をデザインしたのは神、と言えなくもない。なぜ空間が存在し時間が存在し物質が存在するのか。これらの疑問に答えられない限り、悲しいかな神はメタな存在であり続け、大枠でのID論は否定できない。その意味でID論は正しいかも知れないが、進化論と同じぐらい証明できないのが痛い所。
っていうか、長々書いてあれだけど、天皇とか言ってみてもだたの爺じゃn、うわなんだおまえやめr