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54個のうんざり

パズルには大別して二通りのパズルがある。バラバラにするのが難しいものとそれを元に戻すのが難しいものである。前者はブレイクスルーポイントがある、とでも言おうか「あぁなるほど」という感覚で解けるもの。後者は爽快な解法というより総当り的な、押しなべて地味な毛色のものが多い。そして大抵の場合、うんざりするほど難しいのは後者である。

外すだけなら偶然(事故ともいう)外れることもあるが、逆に偶然元通りになる、ということはまぁまずない。外れたものを元に戻すには明確な手順を踏まなければならず、明確な手順を踏むためには十分に構造を理解していなければならない。一つや二つなら脳内レンダラと脳内CADでも過不足ないが、十を超えてそれらを把握し続けるのは些かばかり難しい。

そういう場合はバラす前に完成形の写真を撮っておくと復元はグッと楽になる。もちろん可能な限り見ずに復元するが、保険があるにこしたことはない。私はおもむろに携帯を取り出し撮影しようとして、そしてパズルは崩壊した。誤って触れた指から堰を切ったように崩れ落ちるピースピースピース。もちろん完成形の写真はまだ撮っていない。まるでズルすんなと言われているかのような見事な崩壊ぶりに私は奮起して、そしてそれからさほど時をおかず心が折れた

こういうパズルに触ったことがある人なら分かると思うが、最初に外面を観察したかどうかというのはこの手のパズルにおいてはかなり重要で、完成形を全く見ずに組むのは誇張ではなく倍は難しい。藁にもすがる気持ちで冊子を見るが、冊子の写真は実に巧妙に撮影してあり、殆ど用をなさない(後で分かったことだが冊子の写真は実に嫌らしい組み方をしてあった)。

このパズル、ピースはすべて同じ形(凸形)なので一見簡単に思えるが、実は逆でむしろピースは固有であればあるほどはまる位置が限定されるため足がかりが作り易く、そういう場合そうそう酷くつまってしまうことは無い。例えばジグソーならピースのもつ一番大きな固有性は「端」である。次点が絵。例えば立体で同じ形、同じ色のピースしかなく、しかも完成形が不明。そんなのを想像してもらえれば私の言っていることがよく分かってもらえるだろう。一個で三回は心が折れるお得仕様、こういうのが許されるのは(検閲)の製品とパズルだけである。

結局崩れたパスルは一時間以上二時間近くの時間をかけて復元することになった。積んでは崩し積んでは崩しという作業は賽の河原すら彷彿とさせるが、そういう作業が醍醐味なのだから何とも変な趣味である。とはいえ流石に54ピースは多すぎるので、後々の保険、兼何処かの誰かの救済用に内部構造まで当てが付く画像も一応乗っけておく


ちなみにこのパズル、キチッと組み上げても目の前でくしゃみをしただけで崩壊しそうなほどの現状維持力(造語です)なので最終的には手近の付箋で封印してしまった。正直しばらくは見たくもない。

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