シングルヘル
ということで今日はクリスマスである。世界中の健全な男子諸君のおよそ十億二千万人くらい(適当)が、血涙を流し、呪詛を呟く音がなんとはなしに聞こえる今日この頃。毎年ご苦労様です。
私の場合、彼女とか居たら居たでそこそこ楽しいのだろうけど、独りで本を読んでると凄く楽しいというちょっと終わっちゃてる人なので人様が羨ましいとか妬ましいということもなく、日々これ平穏。あまりの解脱っぷりにたまに自分でも少し心配になるくらいである。
しかし私も人間である。物凄い寒い日にヒーターの灯油が切れたりすると一人寝が(物理的に)辛い時もある。そういう時には、手間と金がかからなくて煩わしくない彼女なら欲しいな、とは思う。とはいえこの要求はダッチワイフならともかく生身の人間に要求できるようなものではない(する人はいそうだけど)。
案外私のような人は少なくないと思うのだけど、どうなんだろう。普通は血の涙を流すほどでは無いにしろ彼女が欲しいと強く思うものなんだろうか。しかし何のために? 単にセックスしたいなら風俗でも行けばいいじゃないか。じゃあ心の平穏? まさか痴情のもつれは人がもっともストレスを感じることの一つだ。もし安然が欲しいなら宗教の方がずっといい。あっちは一途に信じ続けるだけだからその意味ではいま流行の純愛だろうし何より安上がりだ。独りは嫌だという人は居るだろうし、別に否定はしないが、私は誰かと居る方がくたびれる。
とまぁ理由だけならつらつらと出るが、私の場合は根本的に人間嫌いの気があるというのが一番大きい気がする。私が、もし宝くじが当たったら、と夢想する時、もっとも初めに脳裏をよぎるのは社会との没交渉である。潤沢に金があればそれが出来る。こういうことを考えている時点で社会的には死人同然なんだろうけど、今の価値観を矯正させられるだけの理由がない。少し前までなら社会がそれを要請したんだろうけど、あらゆるモノが潤沢な今の時代が私や私のような価値観を比較的許容してくれているのは間違いない。
「地獄とは他人である」とはサルトルの言葉だが、クリスマスだから恋人を作らなきゃと半ば本気で思っていそうな人を見るとなるほどと思う。恋人はクリスマスのために存在するわけではない。私は楽しいよ、というなら止めはしないが、一人身もそう悪いばかりではない。